完結。
こんなオチで、すみません…。
a thinking reed = 考える葦。
ひとは、自然の中では葦と同じように、最も弱い存在。
だけど、ひとは考える力を持っている。
みんな、幸せになろうと、考える。
幸福になりたい。
シアワセになりたいと、ひとは考える。
ひとの言う「しあわせ」の価値が、「しあわせ」だと思うものが、ひとによって違うだけで。
a thinking reed 2
訳が解らなかった。
何がどうなって今の状況があるのか。
解るのは、とりあえず今、アルフォンスが無理やりエドワードが着ていたシャツを脱がせたことくらいだった。
「おわっ、ちょ…アルッ」
豪快に脱がせるものだから、シャツが鼻を擦った。
まるで外で泥だらけになるまで遊んできた子供のシャツを洗濯せんとする母親のようだ。
ただ、シチュエーションはそんなでも、エドワードの心うちはそれどころではない。
「…ああ…ほら、兄さん」
その鎧に表情があったなら、いったいどんな顔をしているのだろうか。
それがよく分からない抑揚でアルフォンスが言った。
「なっ何が『ああ、ほら』だッ!な、何だよいきなりっ」
鼻を気にしながらエドワードが声を荒げた。
「何だよ、じゃないでしょ。そんなになっちゃって」
アルフォンスはおもむろにエドワード身体に手を伸ばした。
「アルッ……」
思わず身を竦めたが、長いアルフォンスの手は、すぐにエドワードの身体に届く。
その手が、触れた。
「おいっ……痛ッ」
思いも寄らぬ痛みにエドワードは驚く。
その痛みの理由を知ろうとして、自分の身体に視線を落とした。
そこでエドワードは初めて、アルフォンスの行動の理由を把握する。
「いて…」
エドワードの身体は傷だらけだった。
別に誰かと戦った訳ではない。
浅い傷ばかりだ。いつもの怪我と比較してしまえば、怪我、とはいえない。
自分で、やったのだ。
「ほら、傷だらけじゃない。兄さんがあんまり身体を掻きむしるから、見てられなくて起こしたんだけど…」
折角温かなベッドで眠る兄の邪魔はしたくなかったが、見ていられなくなった。
が、どうせ起こすのならもう少し早く起こせばよかったと後悔しているようだった。
どこも彼処(かしこ)も好き勝手掻きむしったらしく、傷だらけ。所々赤くなっている。
さっき痛い、と思ったところは血が滲んでいた。
「兄さんは血が出るまで掻いちゃうんだから」
「…覚えがねえんだけど」
確かに寝る前から、痒みはあった。
なるべく今は辛抱して、朝起きてもダメなら仕方ないから薬でも買うか、とそれくらいに思っていたのだが。
どうやら寝ていて自制心がまったくきかないままに掻きむしったらしい。
それで、アルフォンスは部屋の明かりをつけたのだ。
左腕以外は、掻いた痕跡がはっきり残っている。
右手では、痕跡は残らない。
左手で、左腕は掻けない。
「――…」
その現実を垣間見た気がする。
エドワードは無意識のうちに目を細めて自らの腕を見つめた。
「人間って、やろうと思えばかなり頑張れるね」
「んあ?」
「そんなところまで届くんだね、左手で」
アルフォンスは背中を見ながら言った。
背中はエドワードは自身で確認する事はできない。どうも背中もまんべんなく掻いたらしい。
「何でこんな…急に」
しかめ面でエドワードは言葉を吐き捨てた。
痒さも、弟にはないものだ。
そういうことで、気遣いをさせたくない。
(罪悪感?)
こんな罪悪感なんて、ないだろう。
「やっぱりあれじゃない?昨日の道」
思い当たる節は、考えうる限りそれしかなかった。
「…ああ」
雑草生い茂る、決して道とは呼べない所を、かき分けて進んできた。その時か。
「僕はそういうの、この体だから大丈夫だけどさ。…大丈夫兄さん?これだけ掻いて、まだ痒い?」
アルフォンスがただ、心配してくれているのはわかる。
無償の愛だ。
でもそれが、エドワードさえ知らないところで、苦痛になることもある。
「いーや。さすがに痛ぇ。掻きすぎ俺」
「何が何でも明日病院に行くからね」
「解ってるよ」
「僕も行くからさ」
「え?」
驚いて弟を見上げる。
「や、別にいらねえよ。てか、この期に及んで逃げないって。痒いし」
ぽつりと、最後に余計な一言が出てしまった。あ、と思ったところでもう遅い。
「やっぱり痒いんじゃない。見てる側からしたら、痛そうなんだけど」
「なんつーか…俺は痒いのより痛いほうがマシ」
「ええ?」
「…あっいや、ほら何だ、マゾじゃねえぞ、言っとくけどっ」
痒みを我慢するのは、辛いのだ。
一説では人間が一番我慢する事が辛いのは痒さだと言われている。
結局弟の知るところになった以上、隠れてこそこそと病院に行く必要も無い。
エドワードもこんなものはさっさと完治させたい。
元々、明日は別行動の予定だった。
久しぶりのセントラルだ。アルフォンスは図書館へ行っている間にエドワードは司令部に顔を出すつもりだった。
「と、とにかく。もともとそうする予定だっただろ?明日も天気悪いかもしれないし。
そうするとまた予定より遅くなるかもしれないし。さっさと行ってくるからさ」
話の方向を半ば無理やり戻す。
「いいの?だって薬処方してもらうでしょ?」
「そりゃまあ、そうだろうな」
「その薬持って、大佐のところ行くの?」
「…あ」
アルフォンスはエドワードのことをよく解っていた。
処方された薬を手に司令部にでも行けば、ロイとの会話など、ある程度想定はつく。
「ね?」
「…賢い弟を持ってシアワセだよ」
そう言ってベッドに無意識に身体を沈めたエドワードだったが、傷になった個所が布に擦れた。
「って!」
「ああほら、兄さんてば。もう掻かないでよ」
「解ってるよもう…」
それは本心から言ったはずなのだが。
夜が明けるまでは、長かった。
結局ろくに眠れないまま朝を迎えることになる。
「兄さん!」
「なっ…んだよ」
やっとうとうとしたと思うとアルフォンスの声に起こされる。
「掻いてるってば!」
「え~?」
のんびり自分を見ると、そのたびに身体に傷が増えていた。
部分的には何度も引っ掻きすぎて肌の色が変わってしまっている。
「無意識だって…俺は悪くない~」
「もう!無意識でもなんでもダメだってば」
意識がある時はまだいい。
我慢も多少なりともするし、ふっと、気付いた時には掻いていることはあってもまたアルフォンスにどやされる、
と自制心がある程度は効く。
が、寝てしまうとなると話は別だった。
「俺は掻いてないつもりなんだよ…」
異様に疲れが溜まっていく気がする。
「つもり、なだけなの。眠っちゃうと掻いちゃうね兄さん」
「起きてろって?あーもー…」
ふんだりけったりだ。
「もしくは左手で掻けないようにするしかないけど…」
「…それはなんとなく嫌」
方法を考えると、それはどうにも格好悪い。
いつも、期待するものが待ち受ける朝が早くくることを望むけれど。
それとは違う意味で朝を望むことも珍しい。
「ああ、もう助けてくれ…」
何でこんな事になったのか。
「もう…大佐のせいだ」
「ええ?」
いきなりロイの名前が出てアルフォンスが驚く。
誰かのせいにでもしておかないとやっていられない、ということか。
電話なんて滅多にするもんじゃない、とつくづく後悔するエドワードだった。
* * *
こどもだね。
大人に早くなりたくて。
やることなすこと、他人にあれこれ言われなくてもできるようにならなければ。
出来るようになりたい、じゃダメなんだ。
出来るようにならなければ。
だから資格も取った。
目的のために時間を惜しんで、歩いてきた。
別段自分は努力してるんだ、とは思わないけど。
等身大じゃ足りなくて。
出来うる限りの背伸びをして。
それがいつか当たり前になって、自分の感覚も麻痺した。
そう、誰がどう言っても、これがもう自分の普通。
でもふとした時、自分の言葉に笑う。
ああ、子供じみたこと言ってるな。
最大経験値は、それがどんなに濃厚でも、所詮15年分。
無駄に、自分から見ると本当に無駄にそういう「15年」を費やしてるなって人間はいるだろう。
けど、それは自由だ。
与えられたその時をどう使おうと、自由だ。それでいい。俺は俺の道がある。
どうしても手に入れなければならないものがあるから、その道を探してるんだ。
だから、こんな子供じみたことを言ってしまうんだろう。
あの男は、きっと苦い時間を通ってきたんだろうから。
時間の差の分は、確実に「オトナ」だ。
言葉で聞いても壮絶な「あの時」を、自分は持っている。
自身で招いてしまった俺の「あの時」。
あの男が、自身が身を置く故に経験した「あの時」。
それを見た者しか解らない、心に深く、自身を追い貶めるもの。
だから?
…どうしてこんなこと、考える?
こんなに弱くて、強い。
こころよ、俺を上に引き上げてくれ。
この思いがあるから、ここにいるんだ。きっと。
足を離さないから。俺は地に立つから。心を離さないようにするから。
大切なものを、護るから。取り戻すから。
奪われないように、するから。
だから、俺は望むものを、得るよ。必ず……きっと。
END.
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