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短編

snow-white





 さくさくさく。

 足を進めると音がする。

 さく、さく。

 自分の息は白く見えて、消える。

 視界は白く。

 さく、さく。

 エドワードは黙って足を進めた。

 もしも今太陽が見える天気であれば、そろそろ太陽が沈んでいく光景が見えるころ。

 時計を見ればもっと詳しい今の時刻はわかるが。

 目的地は一つ。

 今、どこへ寄り道をするわけでもない。

 今が何時だって、自分はあの先へ行くだけ。

 約束した時間には、間に合わないかもしれないけれど。

 寒い。

 そう思ったあと、当たり前だと自嘲気味に笑う。

 さく。

 さく。

 さく。…さく。

 いつから降り出したのか覚えていないが、地面は白く化粧をしている。

 エドワードが今歩いているこの道は裏道で、しかも狭い道。この街をよく知っている人が使いそうな道。

 真っ直ぐに続く道。

 そこを一人エドワードは歩く。

 そんな道ゆえか、足跡のない道。白い道。

 そこをひとり、ゆく。

 足取りは、決して軽くはなくて。

 だるそうな、かったるそうな。そんな歩き方で。

 そんな本人の纏う服は、汚れていて。傷を負っていて。

 深い怪我ではなくて。かすり傷ではあったけれど。

 そんな彼は、ひとりゆく。

 この先で、待ってる。

 見える、あの教会で待っている。

 約束した時間は、過ぎているのかまだなのかは解らないけど。

 確かめる気にはなれないけど。

 確かめても変わらないから。ここから走っていっても到着する時間は知れたもの。

 鳥のように飛んでいけたら。もっと早く移動できるなら別だろうけれど。

 エドワードの肩に、うっすらと雪化粧が出来た。

 それを払う事はせず、ただ歩いた。

 さく、さく。

 後ろを見れば、はっきりと今歩いてきた道が記されている。

 真っ直ぐ歩けば一歩分、もしかしたら十歩分早く会えたかもしれないのに。

 蛇行しながら歩いてきた道。

 はっきりと、示された。

 確実に通ってきた道。

 いつも、一緒に。


 一緒に。


 エドワードは顔をあげた。

 まだ続く一本道。ひと気のない細い道。白い。

 教会へ続く道。

 彼の待つ場所へと続く道。



「…バージンロードじゃないっつの」



 傷だらけの少年は、赤いコートを空気に溶かしながら白い道をゆく。









 扉はすでに開いていて、エドワードは躊躇いなく足を踏み入れた。

 教会はしん、としていて冷たかった。

 カツン、とさっきとは違った足音がした。


「兄さん」


 気配に気付いて、アルフォンスが声をかけた。


「悪い。待たせちまったか?」

「ううん、別にいいよ。兄さんは買い物できた?」


 アルフォンスは怒らない。

 エドワードは時間を無駄にしない。

 解っているから。


「んー、まぁまぁかな」

「ボクはとりあえずOKだよ。…うわあ、積もり始めたんだね、雪」


 エドワードの側まで来て、アルフォンスははじめて積雪に気付く。

 もしも今、彼が鎧ではなかったら、きっと優しい、楽しそうな瞳をしているのだろう。


「うん。寒ーんだよも~」

「あはは。でも兄さん雪嫌いじゃないでしょ?」

「物には限度があんだよ…」


 そう言ってエドワードは教会最後列の、入り口付近の椅子に腰掛ける。

 黙ったまま自然にアルフォンスもとなりに座る。


「…白いな」

「そうだね」


 ゆっくり、ゆっくり。

 舞い落ちてくる雪。


「兄さん…どこへ行って来たの?」


 アルフォンスが切り出した。


「ん?」

「ん?じゃないでしょ。何その格好」


 傷だらけで、ホコリにもまみれて。


「ちょっとな。ケンカ買ったんだよ」

「何でそういうの相手にするかなぁ…」

「売られたら買うだろ?」

「兄さん…」


 アルフォンスが呆れたように溜息をついた。


「オレにはそれくらいが丁度いいんだよ」


 黒の上下を着て、さらに赤いコートを身に纏って。


「オレは、雪は似合わねーよ」


 好き嫌いとは別で。柄ではない。

 強いて言うなら、雪合戦とかああいったレベル。


「そうかな?」

「そうだろ。どっちかってーとオレは黒とかさ」

「赤とか?」

「…じゃない?」


 ぼーっと外を見ていたエドワードは、アルフォンスを見やる。

 その視線を受け止めて、考えてみる。

 確かに、赤。

 あかいいろ。

 大胆不敵な笑みをたたえて、鮮やかな赤を纏う。

 その下の、黒。

 過去の黒。


「黒って何かヤだな…」

「自分で言ったくせに」

「うっ…そりゃそーだけど…何か悪さした奴みたいじゃん?」

「…兄さん自覚ないの?」

「…アル?」


 大胆不敵ではなく、引きつった笑顔。


「でもオレは黒かなー…今までを思えばやっぱ」

「兄さん」

「黒」


 赤ではなく。

 赤と思うと、この身に流れる液体を思い出す。

 ひとに流れる、液体。生命の循環。

 そして自分たちが追い求め、欲するものの色。


「お前は、そのままでいろよ」


 ぽつりと、エドワードが言った。


「え?」

「白いままで」


 再び視線を弟に向ける。視線だけを。


「ボク、白?」

「そう」

「何で?」

「何でって言われても…アルは白、だから」

「理由になってないよ…」




 こんな色を纏った兄でごめん。

 こんなに、手では拭えないほど汚れてしまった。

 洗い流しても、消えない色を持ってしまって。

 こびりついてもう取れない。

 どんな色にもなれない。

 でも、お前だけはどうか。

 そのままで。

 今、この場だからこそ言おう。

 お前だけは、どうか。

 どうか。



「白かぁ」


 アルフォンスが考えながら言った。


「お前自身は、イメージ違う?」

「あ、ううん。言われるとそうかも」

「だろ?」

「うん。ボクはどんな色にも属せないよね」




 表情は、ない。

 声の抑揚はあるけれど。

 ねえ、ボクのカラーって見えるのかな?

 あるのかな。

 ボクは、色を纏っているのかな。

 空白じゃ、ない?




 アルフォンスは、目を見開いたエドワードに気付かなかった。




 違う。

 違うよ。

 違うんだよ。




「そうじゃない」


 声を搾り出す。

 どこから出したのか。低い声だった。


「違う」


 違う違う違うんだ。

 それは本心からの叫び。

 届けなければ。

 届けなければ。

 違うから。

 そういう意味で、白だと言ったんじゃない。


「違った…?」

「全然違う」


 アルフォンスが意図を図りかねて、首を傾げた。


「お前の、こころ」

「心?」

「そう。希望の色だよ」

「希望の…?」




 何もない空白の世界じゃないだろう。

 あるだろう。

 思いが。

 空洞の身体だけれど、その思いは今ここにあるだろう。

 空白の世界じゃない。

 何にも属せないんじゃない。

 何色にでもこれから染められる、希望の色だ。

 好きな色になればいい。

 好きな色を纏えばいい。

 白が好きなら、白でいい。

 これからなれる。

 好きな色になれ。


 あらゆる色を拒んだ。

 それがお前。

 純白の望み。

 明るさ。

 現実はきつい色をしているかもしれない。

 けど、こころにある望みは、ひとつ。

 ひとつ。

 今は白。

 汚れていない、こころ。


 願わくば

 そのままの色でいて。


 どんな色でも、オレがかぶってやる。









 貴方は自分を黒だなんていうんだ。

 でも、貴方もきっと間違ってる。

 違うよ。

 塞ぎたい、いろいろなものの色じゃないでしょう。

 それが貴方の色だと、自分で豪語するなら。

 そのまま走り抜けてもいいんじゃないの。

 濁りすぎて、見えなくなっていって。

 深い深い闇を見てしまって。

 どんどん沈んでいって。

 だから黒だと、貴方は思うのかもしれないけど。

 黒は、どんな色にも負けないんだよ。

 黒の前では、飲み込まれてしまうんだよ。

 貴方には勝てない。

 それに黒という言葉も、語源は「くら(暗)」からきているっていう一説もあるくらい。

 鮮やかな色なんてたくさんたくさんあるよ。

 でも、適当に混ぜ合わせてすべての色を表現しうる基となる三原色。あれだって配合によっては黒になるんだ。

 すべてを持っているんだよ。

 すべての色を持って。

 あなたはいるんだ。


 きっと貴方は単純に黒だと言ったんだろうけど。

 兄さんはきっとこっちの黒だよ。

 三原色の配合で出来た黒。

 ねえ、知ってる?

 これって真っ黒にはならないんだ。

 黒っぽいっていうのが正しいかな。

 真っ黒にはならないんだよ。

 兄さんは真っ黒じゃない。

 黒を背負うなら。

 どんな色もすべてあなたのもの。


 そして、きっと気付いていないんだろうけれど。

 そんな無敵の黒を唯一変えられるのが、

 白

 なんだよ。

 薄めてあげる。

 濃くなりすぎたら、薄めてあげる。

 …濁っちゃうけどね。









「ボクは白だったら…雪かなぁ」


 アルフォンスが呟いた。


「雪?」

「うん」

「雪かぁ。そーだなぁ。綺麗だもんなぁ」


 エドワードは立ち上がって外へ出る。

 ちらりちらりと雪が舞う。

 儚い結晶。

 よくよく見ると、美しい形をした結晶。


「どうかな」


 アルフォンスはエドワードの背中に問い掛けた。

 エドワードは振り返る。


「いいんじゃね?」









 きっと、ボクの思う「雪」と兄さんの思う「雪」は違うんだろう。

 そんなこと別にいいんだけど。

 綺麗な雪。

 冷たい雪。

 ボクの身体。

 冷たくて。

 真っ白な雪。

 真っ白すぎて、すぐに消えてしまう。

 溶けて。


 どうせ溶けるなら、黒を薄めたいな。

 水になってもいいよ。

 それこそどんな色も纏わずに、黒を薄めたいな。

 でも溶ける前にやらなきゃいけないことがあるんだ。

 結晶を作ってくれた貴方と一緒に。

 幻想的な景色が消える前に、現実が欲しい。









 眩しいときがある。

 あまりに白くて、オレには眩しい時がある。

 雪は綺麗なんて言ってても、吹雪けばそうは言っていられない。

 時には猛威を振るうけど。

 ほら。

 こうして眺めていて、寒いなと感じない。

 笑顔で走っていくこどもがいる。

 化粧を施された街は綺麗だよ。

 優しさもあるよ。

 あるよ。

 温かさもある。



 確かに個性が存在して。

 それは輝いていて。

 実在するんだ。

 さあ、証を立ててみせよう。

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