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長編
シリアス・オリキャラ有り



 今回は、自制心を働かせた。

 万全とは程遠いその身体を引きずって戻ってきた彼に、とても強いることなどできない。

 とはいっても、そんな状態の彼にすでに一度無理強いをしているのだから、今更と言われてしまえばそれまでだったが。

 彼はここにいる。

 何処へ飛んでいっても、まだ必ず戻ってくる。

 戻ってくると、信じる。


「見納めたか?」

「何をだ」


 質問の意図を測りかねてロイが聞き返す。

 エドワードは空になったマグカップに視線を残しながらぽつりと言った。


「これだよ」

「……ああ」

「もう、着ねえからな」

「そうなるといいな」


 それでも。

 ロイもそう願ってはいるけれど。

 エドワードが軍属で居る限り、可能性はゼロではない。

 むしろ、その能力を示してしまった以上、再び袖を通さざるを得なくなる可能性は、高いといえる。

 もうこれ以上、彼の背中に何も背負わせたくは無いのに。国軍大佐としてはその意見は通らない。

 それはあくまでひとりのひととしての意見。

 彼が自ら選んだのだ、と言いはしても。 


「髪は」

「あ?」

「編まないのか?」


 彼の金糸が揺れるのは好きだ。けれど熱風と爆発に揺れることを臨んでいるのではない。


「違ーよ」

「何?」

「解んないなら別に」


 呆れるようにエドワードに返されて、ロイはやはり予想の通りなのか、と単純に思った。余計な可能性を考えるまでもなく。

 編まないのではない。

 編めないのだ。


「万全ではないからか」

「腕がこんな状態でどーやってやんだよ。これで精一杯だっつの」

「私はそれでも構わないが」

「……何で大佐の趣味に合わせなきゃなんねーんだよ」


 ロイが言葉を発する前に大佐には髪は編まれたくない、と面と向かって言われてしまった。

 その代わり。


「特別に触らせてやってもいいけど?」

「……いつも触っているが。手で梳かれるのは嫌いではないだろう?」

「バカやろっ」


 軽く殴ってやりたかったが機械鎧が一瞬思うように動かずにそれは不可能に終わった。

 こんなときに、とエドワードは本気で思った。

 動かす前に止められてしまった。

 腕をつかまれて、そのまま再びロイの腕の中に収められる。

 歯がゆさが残る。けれど、この暖かさは心地いい。


「いつもの服装で帰るのだろう?」

「そうだけど」


 ソファーの端に荷物らしきものがあった。恐らくその中に着替えが入っているのだろう。

 見慣れた彼に、もうすぐ戻る。

 彼はやはり、赤が似合う。


「なら、今の鋼のだけは、私の独占だな」

「……」


 エドワードのことに関して言えば、色々な姿で言うならばアルフォンスの方が余程知っているだろう。

 一緒に居る時間の絶対数が違いすぎる。比較対象外だ。

 けれど今、確実にロイの方が知っていることは。

 今のこの姿。

 エドワード自身、この姿でアルフォンスに会う勇気は無い。見せる必要も無い。見せたくもない。

 いつものように、戻るだけでいい。それで充分。


「よく、戻ってきた」

「……うん」


 まだこの世界に未練が沢山ある。

 だから、まだ手を離せない。

 自ら離す勇気はない。

 離されてしまう現実を受け入れる勇気も。

 本当に突き放されてしまったなら、そのときは自分の気持ちに関わらず受け入れるしかないのだろうけれど。

 壊れない自信もいまは、まだ。

 自ら戻ってきた、と告げた。

 よく戻ってきた、と告げられた。

 本当はもう一つ言わなければと思っていたことがあった。けれど今もいえないままで居る。

 エドワードは口にしないままで終わるな、と内心で思う。

 本来はエドワードがロイに伝えなければならない思い。

 幾ら心の中で告げたとて、空気を震わせて音にするなり書き記すなりしなければ相手に届きはしないと分かってはいても。

 ロイ本人はそんなことを気にはしていないだろうけれど。

 弟には普通に言えるのに。

 何故かいつも、この男には素直に言えない。

 何でだろう、と思うのだが、結局その明確な答えは分からない。

 たった一言で良い。

 ただ、素直に感謝の意を告げられれば。

 それができない自分はまだ子どもなのだろうか。

 失いかけた全てを引き戻してくれたのが彼だと、今はもう知っている。

 彼に与えた恐怖も。

 大切な人の『生きていない姿』を見るのはいたたまれない。あれ程辛いことは。

 いつかは必ず言うから。

 だからもう少し時間をくれ。

 いつかはちゃんと態度で示すから。きっと音にして伝えるから。そのときまでこのまま胸中に置かせて。なんて不器用な表現者。


「朝になったら、アルのとこに戻るよ」

「ならば、朝までここにいるか?」

「……や、いるつもりねえよ」

「……何故だね」

「このまま居たら、朝半殺しにあうんじゃねえの?」


 エドワードは周囲を軽く見渡して、視線をロイに戻す。

 目の前のロイの現実を見れば、エドワードですら予想くらいつく。

 もともと業務が終わっていないからこんな時間にここにいるはずなのだから。

 さっきのロイの言葉を聞けば、今日のこの残った業務の犠牲者はハボックのようだ。ならばいずれ戻ってくるはず。

 みんなには、また改めて会いに来ればいい。

 本当はアルフォンスの気が済んだら、すぐにでもここを出発したい。

 けれど身体が本調子とはまだとても言えないことは、さっきも身にしみた。

 すぐに旅を再会しても、そこで体調を崩せば余計アルフォンスに心配をかけるだけだ。

 ならば我慢してまずは三日、安静にしていた方がアルフォンスの気も済むだろう。

 どうせ最低三日は、ここから動けないのだから。


「こんな夜中にどうするつもりだ?」

「だから、医務室戻る。朝まで」

「なら、ここに居ても変わらないだろう?」

「……いや変わるだろ」


 とても目標をこなせないのではないだろうか。そう思えてならない。

 しかし付き合う気にも手伝う気にもさらさらならない。

 今、ここにいるだけで精一杯。自分自身を奮い立たせるだけで。


「大佐に付き合ってらんねーからな」


 今は。絶対にアルフォンスに会うまでに少しでも体力を回復させたい。

 あんたのためを思って言ってるんだぜ、というと、少し考えてからロイがぽつりと言葉を零した。


「なら、頼みを聞いてくれないか」

「何?」

「ここで寝ていてはくれないか」

「は?」


 病み上がりの人間に、ソファーで寝てくれと頼むのは間違っているだろう。それでも。

 君がここにいるという現実を、もう少しだけ実感させて。

 朝が来たら、ちゃんと送り出すから。


「じゃ、条件」

「何だ?」

「オレが起きるまで、オレに触んの禁止」


 もしも触れたら。

 二度と触れてやらない。



* * *



 あれから半月。

 まだざわつきは残るもののやっと少し落ち着いてきたシーアールのウェインの元に、一通の手紙が届いた。

 同刻、同じ差出人からの手紙はファウツの元にも届いていた。

 それは軍人ではない、若い学者からの手紙。

 彼が化学の探求をやめないのは、戦いのためでも出世のためでもない。

 それは、弟のため。

 自分のことは二の次でいいのだと。

 大きな規模の戦術など、まして軍人としても基本などない自分が周囲にかけた迷惑は本人の想像以上かもしれない。

 それを申し訳ないと思う気持ちと。

 ただ平和に過ごせたらと思う気持ちと。

 それでも、この先の荒れ道を前に引き返せない気持ちと。

 それを綴った上で。

 感謝と、詫びを。










 十字架を背負うような、そんな苦難な道をたどる事もあるだろう。

 選んだのは他ならぬ自分。

 しかしそんな道を歩かなければ、望む栄冠などには到底届きはしない。

 それぞれが望む、それぞれの栄冠という名のカタチ。

 それを手にするためならば。

 重い十字架を背負うくらいの覚悟を。


 背負ってやる。

 どれ程重たくても。

 それでも、生きてる限り。

 足は動く。前へ進める。

 そして、届く距離まで進め。手を伸ばせ。

 片手は離さず。

 そして望む未来を。

 尊敬も名誉も、犠牲も贖罪も苦難も。

 すべてを抱えて、勝ち取りに行く。

 そして冀わくば、隣にあなたの姿があらんことを。







END
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