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長編
シリアス・オリキャラ有り



 ロイの目の前に居るのは、たしかにエドワードだった。

 いつもと違っているとすれば、こんな時間帯だということと、彼の立ち姿。

 赤いコートはどこにあるのだろう。

 青いズボンに、オーバースカート。

 変わらない黒のインナーに、軍のジャケットを羽織って。

 袖を通していたのは右腕だけで、左腕は変わらず白い布に包まれていたけれど。

 青を纏った鋼の錬金術師。


「あんなとこに長い間いるから仕事が溜まるんだろ」

「鋼の、身体は」

「ん?」


 ああ、とエドワードが視線を上げる。

 突然すぎてロイの理解が追いついていない。手元にある最新の報告書とは段違いだ。

 いるではないか。目の前に。

 あのあとすぐにこれだけ回復したのか。

 もしもそうだとしても、解らないことは。


「まだ本調子じゃねえんだけど」


 エドワードにはそれが不満らしい。早く元に戻さなければ旅を再開できない。


「その格好は」


 彼の今回の指令は終わったはずだ。

 一刻も早く軍服を脱ぎたいと思っているだろうと、ロイは考えていた。

 それは自分が望んだもの。望んだ立場。自分の物を支給されたそのときには絶対に拒否できない軍属の証。

 普通の軍人からすれば、長い時間着ていたわけでもないのに、その軍服は所々擦り切れている。生地自体も大分こなれていた。

 きっとどれだけ長い間着ていても、きっと彼には馴染まないだろうとずっと思っていた。馴染めないだろうと。馴染みたくないだろうと。


「仕方ねえだろ。オレだって嫌なんだよ。けど」

「何だ?」

「報告に来たんだから仕方ねえだろ。ここまでは」


 不服そうにエドワードが口を尖らす。

 ロイは続く言葉が出なかった。

 一時でも隊を任された国軍少佐として、彼は中央に戻ってきたという。

 いろいろなものを、全て隠して。耐えて。

 それは、きっと。

 国家錬金術師としての義務というだけではなく。自分のためだけではなく。上官であるロイの顔を潰さないための。面目を保つための。


「こんな深夜に?」

「……いや、違うけど。つか、大佐さっきから質問ばっかなんだけど」


 ロイはやっと現実に戻ってきたように、デスクから離れるとエドワードに暖かいコーヒーを淹れた。

 飲み物の種類を聞いてやろうかとも思ったが、すぐに出してやれるものはこれしかなかった。

 エドワードは黙って差し出された暖かなそれを受け取る。

 ソファーに座ると、まださっきまでロイが居た名残が残っていた。そこにあるぬくもり。

 エドワードが再び意識を取り戻したのは、医者がロイに宛てた封筒を投函した後のこと。

 覚醒してしばらくはまだ意識が完全にははっきりしなかったが、それもただの時間の問題だった。

 二、三日は安静にしていろと言われたが、自分が意識をなくしてからの一連の結果を聞いてしまってはそうも言っていられない。

 ローランドが中央に行った以上、意識を回復した自分も行かないわけにはいかない。

 自分の経過報告はすぐに中央にも届くはず。ここで静養できる時間など。

 それに脚が動くのなら、一刻も早く戻りたい。ずっと願っていたことだから。思いつく限りの建前を並べて、早く戻りたかった。

 医者としても三日は念のため外出禁止としてその後に中央に赴けばいいと譲らなかった。医者の言い分は最もだった。理解はしている。

 しかし、それでもエドワードも立ち止まっていられない。

 帰れるのなら、一刻も早く中央に戻りたい。やはりあるのはその思い。

 エドワードは逸る気持ちの中、条件付きでの中央帰還をもぎ取ってきた。

 それは、報告後すぐに中央の病院にいくこと。その後三日は安静にすること。

 医者には中央の軍医の知り合いが多く、既に連絡済みとのことだった。そのまま逃げられないように完全包囲されたようなものだ。

 それも全てエドワードのためなのだと、解ってはいても。それでも、ただ帰りたかった。

 体力の戻りきっていなエドワードが風邪でもひいて、万一拗らせでもしたら余計に足止めを食らうことになる。

 それはエドワードの本意ではない。今の状態が万全の状態と比べれば何割程度なのか位、自分自身が一番わかる。

 まだすぐにはいつものようには出来ないだろうとも。無理をしたところでただリスクを背負うだけだ。長い期間ではないと思えば。

 無理をして結局調子悪そうにしていれば、ただ心配をかけるだけ。

 そうなれば今の今まで苦しめているであろう弟にだって顔向けがますますできなくなる。

 今までどれだけあの弟を苦しめてきた?今だって。

 願うのは、大それたことじゃない。ただ、ありきたりのささやかな幸せ。近いようで遠い、ごくありふれた幸せ。

 もうこれ以上、辛い思いばかりを積み上げたくない。だから、だからまず。

 まずは、自分が自らの足で、弟の元へ帰る。まずはそこから。

 エドワードは一応表立っては条件を素直に受け入れた。それは自分のためでもあり、弟のためでもあった。

 まずは、すべては自分がある程度回復しなければ。

 それらを長々と聞かされたあと、エドワードはやっとシーアールを後にした。

 出発する直前に、エドワードはファウツが戻ってきていることを知った。エドワードの意識回復の知らせを受けて急いで戻ってきたのだ。

 エドワードは軍人として、挨拶をしてきた。

 至らないガキがかき乱したかもしれないけれど、中途半端な気持ちではなかった。それは間違いない。

 それは、言わなくてもすでにファウツも解っていた。彼は生粋の軍人だ。それ故に。

 中途半端な思いでは、生き残れない。そして何も守れない。

 そしてそれはファウツだけではなく、皆が解っている。

 ローランドとは司令部ですれ違うかもしれないと思っていたが、結局今日この場で会うことは無かった。

 もしかしたらもう会うことも無いかもしれない。エドワードが軍属で居る限り、また会うこともあるかもしれない。そんな程度。

 たまたま二人の道が交差しただけのこと。

 エドワードはとても本調子とはいえない身体を引きずって列車に乗った。

 到着までの道のりは、静かで長かった。流れる景色を、ただ見ていた。

 夕方には司令部に着いた。

 目通りを願い出て、それまで待機し。

 そして。


「この時間か?」

「……いや、違うけど」

「アルフォンスの所に戻っていたのか?」

「……や、まだ、アルには」

「まだ会っていないというのか」


 ロイは驚いた。

 こちらに戻ってきたら、何をおいてもまずまっさきに弟の所へ戻ると思っていたのに。


「それっぽっちの時間じゃ、足りねえ……から」


 それは、報告後からロイに会う現在の時間までの間のことを言っている。

 エドワードは弟にも嘘をついてこの場を離れた。

 ただ心配させたくなかったから。間違ってもついてこられたくなかったから。

 事実を述べても述べなくても、心配させる結果なのは変わらないのだと解ってはいても。

 自ら告げられなかったのは、ただ自分が弱かったからだと言われたら、否定は出来ない。

 今だって、会いたくて会いたくて堪らない。

 その思いが一気にエドワードからあふれ出始めたのがロイにも解った。

 今にも崩れそうな思いを必死に保って、今ロイの前にいる。


「報告にそれほど長い時間は必要ないだろう。それまで何を」


 シーアールで行けと告げられた病院へ向えば、即入院になるだろう。ならばまだ行ってはいないはずだ。


「……医務室」

「何?」

「医務室に居た」


 悔しそうにエドワードが白状する。

 報告が終わって、一度ロイのところに顔を出さなければと思っていた。きっと他の面々もいるはずだ。

 様々なことを言われるだろう。恐らくすぐには帰れないとも思った。

 真っ先に戻りたかった弟の所へ行くのを最後にしたのは、弟には言いたいことを全部言わせるため。

 どんなことだっていう権利がある。どんなことだってアルフォンスには言われる義務がエドワードには、ある。

 そう思ったから。

 それに、そんな弟と少しだけの再会をして、再びすぐに司令部になど、行く気力がとてももてないだろう。

 もしも仮に行こうと思えたとしても、その手を弟に握られたら。止められたら。きっとその手は。絶対に振り切れない。

 感情のコントロールを、これ以上はきっとできないだろうから。

 しかし、司令部の廊下を歩き始めたエドワードの脚は次第に進まなくなった。

 おかしい、と自らが自覚したときにそれは一気に強くエドワードにのしかかった。

 強い貧血が襲ってきて、まともに立っていられなくなった。

 ぐらぐらと視界が歪んだ。

 立っていられずに、膝をついて何とか乗り越えようと思ったがなかなか収まらない。気分が悪い。

 そんなことをしているうちに、誰かに医務室へ運ばれていた。

 少佐の章をした者が青白い顔をして屈んでいれば、誰だってそうするだろう。

 エドワードの思いに反して、そのまま数時間医務室に監禁される状態になっていた。

 気がつけば、時計の針は随分と進んでしまっていた。

 エドワードは時間を無駄にしたと焦ったが、アルフォンスに会うのは朝の方がいいだろう、と思えた。


「それで、この時間か」

「大佐なら多分いるんじゃねえかな、と思ってさ」


 まだ直していない機械鎧が微かに軋む音がした。ロイはそれを聞き逃さない。

 なるべく普通の状態を装おうとしていたエドワードは微かに顔をしかめた。

 今の一瞬の出来事を消し去ろうとするように、カップをテーブルに置くとエドワードが立ち上がる。


「まあ、つーわけで」


 ロイもがたりと音を立てて立ち上がった。もう帰るというのか。


「あー、何だ、その」

「……何だ」

「戻って、来たから」


 ロイが目を見開く。思いもしないセリフだった。


「あんたのマイナスには、ならなかったろ?」


 すきにすればいい。

 オレの欲しいものは軍人としての功績じゃない。

 オレは今歩く道を間違えたと思いながら歩いてはいない。

 選択肢をくれたあんたには、感謝している。口に出しては言わないけど。

 なら、その歩く道にあんたの欲しいものの欠片が落ちてるなら、拾っておいてやる。

 道を歩くついでに。

 険しい道のないところなんてない。

 だから、選択肢をくれた本人がそれを悔いる必要なんて何も無い。

 傷を負わずに歩ける道なんて、どこを歩いたってありはしない。安全を約束された、補正された道ではないのだから。

 まだ未開拓の、道なき道なのだから。

 そんなもんだろう?

 だから、そんな顔をしなくて、いい。


「鋼の」


 今度こそ。

 暖かいぬくもりを抱きしめた。

 エドワードは拒絶しない。ただ目を瞑るだけ。ここにある相手の熱を感じるだけ。

 ひとのあたたかさを。

 まだ弱い、眩しい光。


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