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ハイエド
アルフォンスが目を覚ますと、隣のベッドに居るはずの兄の姿が無かった。 そのことを認識したのと同じときに、耳に水音が届いてきた。 視線をそちらの方へ向けると、微かに明かりが漏れていた。ああ、と納得する。 そろそろと自分も温まった自分のベッドから抜け出した。くしゃくしゃになった兄のベッドの毛布を伸ばそうとして。 そしてそれを掴んで気付く。今はもう分かる。 そこには兄の温もりの欠片は残っていない。 アルフォンスは再び視線を向けた。 兄が居るはずの、その場所へ。 If you can dream it ,you can do it. 寝汗を流そうと思っただけだった。 暖かいベットで眠る弟を起こさないように音を殺して起きた。 何気なく視線を移す。傍らで眠る弟の寝顔を見るのが好きだった。 安心した。 (誰が) 望んだものだった。 あれほどに渇望したもの。 本人と、自分が望んだもの。大それたことじゃない。ただこの幸福の時間を。 取り巻く状況がどれ程苦しいものでも。この為に生きていたあの頃。 折角音を殺したのに、その生身の左手は本人の意思を反して、アルフォンスの髪を優しく梳く。 「ん……」 しまった、と一瞬思ったが、それはたまたま発せられたようだった。どこかあどけない弟の寝顔。 心のどこかが満足したらしい。そのままバスルームへ向かった。 色々洗い流してしまえば良い。この身にこびりつく様々なものも一緒に。 流れて行ってはくれない罪だけがこの身に残るだろうけれど。 金糸を洗うシャンプーを洗い流そうと頭からシャワーを一気に浴びる。 熱い湯は髪を滑って流れていく。 「……ッ」 急に視界が色を失った。 思わずエドワードはその場にしゃがみこむ。 立っていられなかった。 瞬間的に襲ってきたそれに頭が揺れるようだった。 シャワーの音も脳に響く。 ぐらりと揺らぐ。 一時的に襲ってくるこの頭が割れるような感覚には、慣れたくない。 「兄さん?」 エドワードは思わず勢いよく振り返った。 「っ……」 返事をしようとしたが、更に頭が働かずに答えに詰まる。脳が揺れる。 「兄さん?どうかしたの」 「や、なんでもね。何?」 何とか会話をつないだ。つなげた。 「随分前からシャワー浴びてるみたいだったから。大丈夫?」 曇りガラスの向こうにアルフォンスの姿が見えた。返事があったことに安心しつつそこまで来たらしい。 「大丈夫だよ」 熱い雨に打たれながら一言そう答えた。 「……兄さん」 「何」 「開けるよ」 「は?」 エドワードがその先を話す前にいきなり視界が開けた。 外気を遮断していたものがなくなり、冷たい空気が流れ込んでくる。 それでも頬を掠めるその空気が、少しだけエドワードを楽にする。 「バカ!いきなり開ける奴がいるか!」 「その点については謝ってもいいけど……そんなしゃがみこんだ状態で言われても」 明らかに湯あたりしていると解る状態。 立ちくらみがして立っていられなくなったのだとすぐに分かるくらい。 アルフォンスは熱い雨を止めると、バスタオルを広げて兄の頭に無理やり被せた。 柔らかいタオルで視界が塞がれる。寒い外気から守られる。 「もう充分でしょ?早く拭いて出てきたほうがいいよ」 「ん……アルフォンス」 アルフォンスはもう、といいながらもその場から引いた。 身長が伸びても。 あの頃のような無茶はしなくても。 いつの間にか自分を置いて成長してしまった兄だけれど。 変わらない仕草。変わらないクセ。変わらない。 時々何かに苦しむのも。 「……」 少しだけ冷静になって、エドワードは思わず口を覆った。 きっと気付いてはいない。 けれど。 自分は気付いてしまった。自分が。 (……違う) 呼んだのは。今呼んだ名前は。 弟ではなく。 無意識に紡いだ名前は。 『エドワードさん』 彼は最期まで自分のことをそう呼んでいた。 何で今、この瞬間に思い出す? 自分の記憶の断片が、この水音と共に引き寄せられた。 外は雨が降り続いていて、体調を悪くしたあの時のことだとぼんやり思い出す。 『夢はもっていなくちゃダメですよ』 いつだっただろう。そういわれたのは。 出会ってから随分と経っていたことは覚えている。 あれはもう、自分が夢を忘れかけていた頃。失いかけていた頃。 彼は自分自身と戦っていた。ずっとずっとずっと。 時間と戦っていた。恐怖とも。 先の短い未来がどこまであるのかを手探りで進みながらいた。 彼には、夢くらいあるよ、と口先だけを返しても通じていないことは何となく解っていた。 そう、彼はわかっていた。エドワードがそれを失いかけていることを。 この場所に、一緒に立っていても、歩いていても、同じ物を見ていても、その先の何かに思いを馳せていることを。 (ごめ……アル) 心で弟に謝罪する。 無意識に溢れた。 気付かれたくなかった。 否、 自分がわかっていなかった。気付いていなかった。今まで。 どこかで諦めていた自分をずっと見ていてくれたひと。 見捨てないで居てくれた人。 見つけてしまったそのときから、手を離せなくなったのは、自分だろう。 この場所で、どれだけ彼に支えられていたか。その存在が夢の牢獄の救い主だった。 今になってこんなことを思ってももう遅い。 彼を形成するものは、もうこの世には無い。 「夢は持ってなきゃダメ……か」 ――そうですよ。 ダメかな?と聞き返したあの時、彼はそう返して来た。 『夢くらいあるっての』 『例えば?』 『え~?……そりゃ、背がもっと伸びろ、とか』 それはそれで切実な願いだ。 『後は弟がちゃんと元気でいてくれれば、とか』 それこそ切実な願い。 君は今どこでどうしているのだろう。何をしているのだろう。 太陽の暖かさを思い出した? 水の冷たさを思い出した? 人のぬくもりを。熱を。優しい味を。 安心して眠る安堵を。 君は取り戻せた? 君が君で居ること。せめてそれが解ればいいのに。そうすれば。そうすればオレは。 『あるじゃないですか。何だっていいんですよ。あれば』 『あるだけでいいのかよ?』 少しだけ眉を寄せると、彼は優しく笑った。 『弟が元気で居て欲しい。帰りたいって。それを知りたいって。会いたいって思うでしょう?』 エドワードが返答に少し悩んだ。 そんなこと当たり前すぎて。 けれどその術は潰えてしまいそうで。 方法は本当に無いかもしれなくて。 そう質問してきた本人も、エドワードの語る世界が現実だろうと虚構だろうと、彼には大切に思う兄弟が存在する。それは確かなことだと解る。 どこかにいるはずの、彼の弟が。 『夢は、もっていなければ、それを実現することはできないですよ』 エドワードははっと顔を上げた。 そんな彼を見て、やはり優しい表情で続けた。 『夢を見ることができるなら、それを実現する可能性はすでにあるんですよ、エドワードさん』 こうしたい、こうでありたい、こうなりたい、成し遂げたい。 そう願うから、自分は動く。 その先に、その願いがあるから。 伸ばした手がそこまで届くかどうかは解らないけれど。 けれどその思いを自らが断ち切ってしまえば。 手を伸ばすことをやめてしまえば、手が届くことなんてあり得ないのだと。 それこそが、自らが己の手で可能性を絶ってしまうことなのだと。 『ね?』 ああ、そうだな。 お前の言う通りだったよ。 一度は自ら離そうと思った手だったけれど、今確かにここにある。 失ったものもたくさんあるけれど。 でもずっと望んでいたものは、確かにあった。確かにここに今、ある。 そして知る。 失ったその存在を。 「……アルフォンス」 今一度、君の為に、君のこの名を音にする。 next → Wer warten kann , hat viel getan. ***** タイトルはウォルト・ディズニーから。 PR ![]() ![]() |
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