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続きます。
『If you can dream it . you can do it』 と繋がった話(っぽく)


(ヴェーア ヴァルテン カン ハット フィール ゲターン)
Wer warten Kann ,hat viel getan. ~待てば海路の日和あり~


 気がつくと、また姿が見えなくなった。

 帰ろう、と促した時は、まだキリが悪いから一人で先に帰っていいと言っておいて。

 没頭するのは悪いことだとは思わない。夢中になる気持ちも、集中する気持ちも分かるから。

 一秒たりとも無駄に出来ないと。勿体無いと。知識を得ようとするその姿は嫌いじゃない。

 彼は年齢の割りにある一部分においてはかなりの博識だ。一緒にいると、その発想に驚かされて、感心させられた。

 そのこの分野に対しての真摯な姿にも。それ以外にも。彼個人に惹かれた。無意識のうちに。

 けれどどこか不安定で。

 時々、地に足が着いていないような感じになる。

 最初は、ただそう思っていた。

 時の流れは、一人ひとりにそれぞれの結果をもたらす。

 少しずつ、ひとも変わっていく。

 彼もそう。

 彼も変わった。

 情熱が薄くなった、という人もいる。興味が薄れたのだろう、という人も。ついていけなくなったのだろう、とも。

 ハイデリヒはどれでもないのではないかと思う。それは彼の紡ぐ話を聞いているからだろうか。

 彼は歌うように、おとぎの国の話をする。優しい声で、切なそうな瞳で。そんな話をしているときは、その場には彼はいない。心がその場からはいなくなる。

 聞けはしないことがある。その話は、僕に教えたいことなのか。知ってほしいことなのか。ただ思い出を語っているだけなのか。

 自分が忘れないようにしたいだけなのか。

 確かに事実だったのだと、本当にあったことなのだと、そんな場所があってそんな人たちが居たのだと、それは紛れもない事実なのだと、自分に確認しているのか。

 けれど、彼はいつも何かを諦めて生きているようにしか見えない。

 それは月日が経つにつれて強くなっていった。

 生きているのに。

 変わってきた彼だが、感情の起伏はそこまで激しくない。本人は昔はもっと短気だったと軽く笑うけれど。

 それは、かつて彼を取り巻いていた人たちからすれば周到の事実だったらしい。

 大人になったんだよ、と彼は言うけれど、本当にそれだけなのだろうか。そうは思えない。

 ハイデリヒは階段を上る。それは上りなれた階段だった。

 重いドアを開けると、少し肌寒いと思わせるような風が掠めていく。

 空には星が出ていた。

 彼は、いつも夜空を見ている。昼間よりも空を。

 この空に思いを馳せるのは自分も同じ。

 その先にある世界を思って。

 けれど、彼は更にその先を思って。

 夜の方が、その先を思い描きやすいのかもしれない。

 その先には、彼の言う彼の世界があるのだと。国が、故郷が、待っている人が。

 ハイデリヒの視界に、その彼が映った。

 柵にもたれかかって、ただ髪を風に泳がせている。視線の先には夜空しかない。何処を見ているのだろう。


「エドワードさん」


 声をかけてみるも、返事はなく。

 時々、彼はこんな感じになる。

 それは、酷く無防備で。

 ハイデリヒは歩み寄る。


「エドワードさん」

「……アル」

「え?」


 振り返ったエドワードが、柔らかい表情で自分の名前を呼んだ。

 見ない表情。あまり聞かない声色。聞きなれない呼び方。

 いや、違う。聞きなれないのは、自分を呼ぶから。その呼び方で、彼は自分を呼ばない。その愛称を、彼の中で持っているのは。


「あ」


 そのハイデリヒの表情を見て、エドワードが少しだけ表情を変えた。

 それはもう見慣れた表情で。


「どした?」

「そんな薄着で。風邪引きますよ」

「大丈夫だって」

「……一体どこからそんな理屈のない自信が生まれるんですか」


 エドワードは少しだけ困ったように笑った。

 出会った頃より、少しだけ互いに大人になった。ほんの少しだけ。

 自分の成長はもうすぐ終わってしまうかもしれないけれど。

 それでも彼はこれからも。

 この混沌の世界にいても、きっとこれからも。

 自分の見ることのできない世界を。この空の先を。


「無茶して身体壊したらどうするんですか」


 貴方はまだ未来を創造できるのに。


「……心配してくれてんだ?」

「子どもみたいなこといわないで下さいよ」


 けれどこの人の心はこの空の奥に奪われているようで。

 そんなよく見えない遠くばかりではなく、目の前も見てほしい。見えているのだろうか。

 貴方の眼には自分は、アルフォンス・ハイデリヒという人物は映っているのだろうか。

 ちゃんと目の前にいるのに。今ここにいる僕は。


「身体壊したら元も子もないんですよ」

「うん」


 ハイデリヒがふと視線を再びエドワードに移した。すぐに返事があったから。それは短い一言だったけれど。


「分かってる……」


 ああ、と思い当たる。彼は常にその思いを抱いている。

 彼は全てを失ってここへ来た。彼はそう言うから。

 エドワードはハイデリヒを振り返って戻ろうか、と言った。


「お前もこんなところにずっと居たらよくないだろ?」

「ひとのことを言う前に自分のこと、でしょう」

「じゃ、そーゆーことにしとく」


 エドワードは微かに微笑むと戻ろうとして柵から手を離した。
 
 そのときに不意にハイデリヒが歩み寄ってエドワードを抱きしめる。

 エドワードが少しだけ身体を震わせた。


「アルフォンスッ……」

「黙って」

「おいッ」


 振り返ったエドワードの唇をそのまま塞ぐ。

 塞がれた唇から、短く小さい声が零れた。


「貴方は今ここにいるんですよ」

「何の話だよ……」

「今ここにあるものを、もっと見て」

「アルフォンス」

「貴方のいう世界が本当でも架空の世界だったとしても、僕にとってはどっちでも構わない」

「架空じゃねえって何度……」

「そう。ここは現実なんですよ。今貴方はここで生きてるんです」


 貴方が今ここに至るまでの経緯がどうであっても。

 今ここで、このミュンヘンにいることだけは双方が知る事実。現実。

 自分は貴方と知り合って、今ここにいる。

 貴方の言うその世界が在るというのなら、今貴方が居るこの場所だって確かに在るのだと認めて。

 貴方は、今、ここで、この国で、この場所で生きているのだと。

 この先、どこで生きていくとしても。


「やめろっ……も、離せ」


 その手を止めて。止めてくれ。エドワードは何度もそう口にする。


「僕は今ここで生きてる。それは事実です。誰にも曲げられない。貴方にだって」

「……?お前、何言って……」

「貴方がいつも空の向こうを見ていることは知ってます。けど」


 エドワードがハイデリヒを見上げた。

 ふとしたときに、する仕草。それは窓の外を眺めているときに出る。いつも思いを馳せていることは。

 貴方が心底望む世界の破片を求めていることは。

 今を生きながら、エドワード以外からは聞いたことのない世界に心だけが。

 きっと生きていると信じている、自分に似た弟を案じていること。それは彼らしいとは思うけれど。

 少しだけ諦め始めているようにも思えることも。


「誰が何処に居ようと、誰がどこかで貴方を案じていようと、僕は今ここにいるんです。貴方と一緒に」

「アルフォンス」


 苦しくなった。

 エドワードは目の前で苦しそうなハイデリヒを見て胸が苦しくなった。どうしようもなく。

 それは今を、生き急いでいるようにしか見えなくて。


「僕には貴方が時々酷く苦しそうに呼吸しているように見える」

「!」

「苦しいなら言ってください。そうすれば」


 それから先の言葉が続かなかった。

 そうすれば、何だというのか。

 自分が少しでも和らげてあげられるとでも?そんなことは。どんなにしてやりたいと望んでも、きっと。


「アルフォンス」

「……」

「アルフォンス」


 エドワードが何度も名前を呼ぶ。優しく抱きしめる。それは暖かく冷たいぬくもり。

 でもそれがエドワードという人物で。


「急ぐことも時には大事かもしれない。だけど」


 それは誰に対して言っている言葉なのか。


「多少、時間が必要なこともあるよな……」


 すぐに可能なことなんて夢ではない。

 自分が思いを馳せるこの広い空へ飛ぶ夢は、時間がかかっているが確かに歩き進んでいる。

 進むための時間を。

 そして時に。


(諦めるための時間……)


 エドワードは静かに眼を閉じる。

 これは決して彼には言えないけれど。


(思いを断ち切るための覚悟をするための……)


 いつからこんなマイナスなことを考えるようになったのかはもう分からない。

 けれど、こんなことは自分だけ。

 そう思う自分の中に、弟にどうしても会いたいと思い続ける自分も居る。矛盾は自分が一番分かっている。けれど。どうしようもなく。

 ここを認めれば。誰かの暖かい手をとってしまったら。お前に応えてしまったら、もう本当に戻れなくなる。そう思えてならなくて。

 彼には絶対必要ない。個人の感情など伝える必要はない。彼には。


「でも、僕は」


 途中から時間と言う名の道がなくなってしまうから。貴方の横を歩いていたとしても、途中から自分の道だけが。

 あと少し歩けたとしても、もうすぐきっと、「可能性」という道は呆気なく自分の前から消えてなくなるだろう。


「お前を呼んでるんだ」

「え?」

「オレがいまここで呼ぶのは、『アルフォンス・ハイデリヒ』っていう名前を持ったこの身を持つお前だよ」


 ハイデリヒは少しだけ、目を見開いた。手が震えた。

 あまりにも容易く見透かされたようで。


(貴方はそうやって、少しだけ僕を甘やかす)


 理由なんてどうしてか解らない。でも思わず涙が零れそうになる。ただ、簡単なことなのに。

 きっとこの人物は、無意識にこちらの欲しい、ささやかなものを与えてくれるのだろう。

 今まさに欲しかった小さな小さなものを。


「オレが『アルフォンス』って呼べば、お前は返事してくれる。それが全部だ」


(信じてくれてなくても、いいんだ)


 錬金術も。故郷や家や国どころか居場所を、世界をなくした。

 残っているのはこの身だけ。『エドワード・エルリック』というこの身だけ。

 中途半端に生きる自分を認識してくれているのは。

 この世界の住人ではない自分を知っているのは、君だけだから。

 今この瞬間、ここに自分がいることを教えてくれているのは、君だけ。


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