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短編

 君に願うこと。

 それは自分としてはささやかなことだと思うのだけれど。それが当人にはどうなのか、なんて知る由も無い。

 直接聞いてみれば、一応の答えはもらえるかもしれないけれど。それが本心からの言葉かなんて解らない。

 その回答に秘められた思いを見抜けるか。

 もしもその答えの奥に何かを隠していたとしたら、それは向こうが言葉の壁を作って秘めた思いなのだから、その壁を崩すことはきっと容易ではないだろう。

 それでも、君が手を伸ばしてきたら。

 裾を掴んできたら。

 握り返すよ。

 引き寄せるよ。

 抱きしめられるのが嫌だったら、我慢するよ。

 それを嫌がるんだったら、対処は一つだけ。

 まずは俯いているその顔を上げること、上げさせることから始めるだけだから。

 とりあえず、行くなとは言わないから、会いに来て。

 僕に出来ること。

 それこそ些細なもの。

 出来ることの限界値の幅を触れるまではする。針が振り切れるまで。

 後は、出来ることというよりも、したくも無いのに身勝手に思ってしまうことくらいだ。

 今更。大人になんてなれないということらしい。子どもじみた感情。こればっかりはなかなか成長しないらしい。自覚はあるけど。

 周囲の暖かさを垣間見たとき。

 周囲の幸せそうな断片を通り過ぎたとき。

 君は寂しさを覚えるのだろうか。

 強い意志は君を形成し続けているけれど。その心は寂しさを感じる?

 ほんの少しでも、羨ましいと思う?



 君に願うこと。

 そんな大層なことは思ったりなんてしない。

 マイペースなままでいればいい。きっと、多分。それが一番らしいんじゃないかと思うから。

 こき使われて、愚痴でも言いながらそれでもそこに居てくれれば。

 身体を動かしていることが性に合っているんだろう。無茶しない程度に居てくれれば。

 できたら、自分がそっちへ行ったときには迎えて欲しい。それくらい。それがいい。それが欲しい。

 出迎えて、なんて言わないし、必要も無い。

 会えて、笑ってもらえればいい。そうすれば、実感するから。

 確認することは結構大切で。時には降下した精神が安定する。逆もあるけど。

 それぞれの立っているこの場所は決して平和じゃない。立っていられなくなるときだってある。

 だから。

 そこから居なくならないで。

 僕に出来ること。

 これがあんまり思いつかない。

 上司の仕事を円滑に終わらせられる用サポートすること?何か違う気がする。

 大体その場合はサポートどころじゃないし。まあ、司令塔を矢面に立たせるわけにはいかないけど。

 何だろ?

 とりあえず、元気に戻ること?元気に会えること?

 何が出来る?自分には何がある?

 ……どうしたら、いい?





「ッ痛」


 小さく零れたその声を、エドワードは聞き落としはしなかった。

 エドワードが顔を上げる。その表情が、何今の?とハボックに訴えていた。

 じっと見入ってくる金色の眼差しを受け止め切れずにハボックが目線を外した。


「風邪っぽくてな」

「風邪ぇ?」

「ああ」

「少尉が?」

「……何だよ」


 エドワードの表情に、不服そうに問い返す。


「風邪ひいちゃ悪いかよ」

「ひくんだ……風邪」

「何だ?そりゃ俺がバカだといいたいのか、オマエは」

「そう聞こえた?」

「エド……」


 ハボックはエドワードに手を伸ばすとそのまま身柄を拘束する。

 鋼の片腕片脚のエドワードを簡単そうに持ち上げる。エドワードの足が空に浮いた。数秒だけ地から足を離されて、近くのソファに身体を沈められた。

 エドワードはゲ、と呟いて慌てる。


「ココで泣かせてやろーか?今すぐに」

「ちょ、少尉!」

「そういうことだよな?違うわけねーよな」

「質問してる割にッ……回答権がねえ、だろ」


 すでに回された手を止めようとしながらエドワードが訴える。


「大体、風邪引いてて何で『痛え』って単語が出んだよ!」


 ハボックの手が止まった。

 その瞬間にエドワードがするりとその場から身体を滑らせて脱出する。

 ハボックが視線で追うと、目の前のエドワードは明らかに不満そうにこちらを睨んでいた。

 嘘をつくなよ。

 そう聞こえる。そう、あの目が言ってる。少なくともハボックにはそう聞こえた気がした。

 やれやれ、と思いながらハボックが軽くため息をつく。

 嘘をついたつもりは無かったのに。むしろ、正直に言ったつもりだった。

 嘘をつくと、そうやってオマエは怒るだろ?

 こっちだって、嘘をつくとしたらそれはオマエのことを考えてのことだけど、それは結局こっちの自分勝手というところ。

 でも、そんな勝手な思い上がりもお互い様。


「仕方ないだろ。ちょっと痛かったんだから」

「だから何が」

「リンパ腺」

「リンパ腺?」


 漸く納得してくれたらしい。話をちゃんと聞けよ。

 そう思っていると、エドワードは黙って左手を差し伸ばしてきた。ハボックはそれを拒否はしない。

 その伸ばされた手は、ハボックの首筋を掠める。


「あ」

「痛ッバカ、強く押すヤツがあるかよ」


 眉間にしわを寄せてハボックが唸る。

 首筋に伸ばされた手はそのまま移動し、ハボックの額に伸ばされた。


「大将?」

「熱、ねーじゃん」

「ん?ああ、今んところはな。まあ出ると面倒だし、熱出る前に薬貰ってくるよ」

「……一応ちゃんと診てもらいなよ」

「解ってるよ」


 長引かせても辛いだけだし、上司にも何を言われるか分からないし。

 心配してもらえるだけ悪くない。悪化していない分そんなことを思う余裕がまだあった。

 しかし。


「何で?」

「あ?」

「たかが風邪だろ?」

「されど風邪だろ」


 もしも酷くなれば面倒なことには確かになる。


「口腔の方に何かあるかもしれねえからさ」

「口腔?」


 確かに急性リンパ節炎だとしたら、悪化すれば化膿して面倒なことになる。ただ辛いだけ。

 上司にも色々言われるだろう。

 しかもエドワードが戻ってきているこんなときに。

 けれど、とハボックは思う。

 頸部でも鼠径部でもなく?


「首筋だろ?だったら可能性はあるよ」


 さらりとそう言うエドワードを、黙ってハボックは見返した。

 彼は医者として必要な知識は持ってない。

 けれど、この身を形成する、ひとの身体の構成については解りすぎるほど熟知している。

 何がどう繋がっているかなど。

 首筋にしこりのようになっているのなら、医者が触診してもはっきりとそれだけで診断は下さないだろう。

 そこは顎のラインの近くでもある。唾液の方に問題が無いとは言い切れない。

 エドワードはその理論だけは解る。触診などしてみたところで、それは畑が違う。だからこれ以上は何も言えない。

 そのことを、唐突に思い出した。


「熱が無いんだったら、可能性あるから、念のためにさ」

「……解った」

「まあ、多分大丈夫だと思うぜ?薬貰ってくれば」


 そうまで言われてしまえば、ハボックに出来ることはもう決まったようなものだ。

 まいったな、と呟くハボックに、ひょこりとエドワードが近づく。


「……」


 こういう些細な動きがかわいいと思うが、口には出さないでおこう。


「無茶、すんなよ」

「そりゃこっちのセリフだっつの」

「じゃあ元気なときに聞いてやるよ」


 エドワードは笑ってハボックに軽くキスをした。唇に軽く触れるだけの。

 ああ、とハボックは思う。やられた。

 我慢していたのに。

 そういうことが解らないものだろうか。

 こっちの思いなんて解るはずはないか。

 子どもの一挙手一投足に翻弄されている。


「オレ、後10日くらいはこっちいるから」

「10日?」

「ああ」

「たった?」

「前よりは長いんだけど」

「あーもう、解ったよ」


 どうすればいいか。


「ソッコーで治しますよ」

「できんの?」

「大将に言われちゃあねえ?」


 自覚があるのかないのか解らないが、焦しておいてまずは治ってからとは、よく言ってくれるじゃないか。

 オトナにそんな態度取ったんだから、この後のことはよく覚悟しとけ。

 滞在期間の後半は、予定を丸ごと空けておけよ。





 君に願うこと。

 差し伸べた手を拒まないで。

 どうか手を取って。

 逃げないで。

 恐がらないで。

 僕に出来ること。

 手を差し伸べること。

 差し出された手を握り返すこと。

 

 願うことばっかりで、出来ることが少なすぎるけど。

 まずは少しでも君に近づけるように。

 自分の願いを叶えるために。


 君の近くを歩けるように。
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