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長編
シリアス・オリキャラ有り



 今まで、自分が地に立ち続けるために。

 生き続けるために。 

 どれほどの犠牲を出してきたのか、と問われても正確には返答できない。

 自分が思っている以上に、きっと『犠牲』と称されることはたくさんあっただろうから。

 生き残るために。

 失えないもののために。

 上を目指すために。

 理由があるのだ。

 何のためか、という理由が。

 それぞれがその理由のために、血で血を洗う歴史を繰り返す。


「マスタング大佐…」


 動けずに、ただ一言ファウツは言葉を吐き出した。

 ロイはひたすら、人工呼吸とマッサージを続けている。

 いくらでも。いつまでもしても構わない。

 だからその口で憎まれ口でも叩いてくれ。

 呼吸と一緒に、自分の命も吸っても構わないから。

 吸い尽くしてくれ、と思うしか出来ない。

 ついさっきまで、今まで目の前に居たその姿を、ただ追い求めていた。

 手の届く場所に戻ってきた君は、心が足りない。

 まだ沈んだままなのか。

 両手で抱えるこの感覚も、両手で抱えている顔の輪郭も、変わらないのに。

 吐息を感じない。

 うっすら開いたその唇に、何も感じない。

 居るのだろう?

 まだここに居るのだろう?

 エドワードの体重が、やけに重く感じる。

 投げ出された左腕。その指はまったく動かない。

 人よりも長い睫は揺れない。

 久々に抱き上げた身体。

 見慣れた軍服を纏う見慣れない彼の姿。服は水分を含んでいてその分の重みがあるけれど。

 それは確かに、君なのに。君のものなのに。

 どこにいる。

 君は今、どこにいる。



* * *



 医務室は、幸い建物の位置的にも無事だった。

 ローランドは怪我人で溢れかえる医務室の最奥に真っ先に駆け込んだ。

 知的な声は変わらないが、厳しさを含んだ声で人払いを指示する。

 それは、あまりにこの場所に人が集まっていたからでもあった。

 建物は一部損壊、負傷者も少なくない。現在無事なスペースに人が集まってくるのは仕方のないことではある。

 この指示は地位の高いものを助けるためのことではない。ただ仲間の命を助けるための指示。

 そして短期間ではあったけれど、あの姿を見ていれば。

 最初のイメージは彼が自ら叩き壊した。それは見せつけるためではなく、ただ彼の性分だったのだろうけれど。

 もともと不必要な人間がここにいても、邪魔なだけだ。

 慌しく足音が響く。この場から出て行くよう、何度も声が響いた。

 そんな中、数人の軍服を着た者達がそこへなだれ込む。

 その中に、ロイの姿もあった。

 その腕には、蒼白な顔色をしてぴくりとも動かない、ここの若い司令官の姿があった。

 確かに、あった。
 
 その場を譲らないものはいなかった。彼の土気色の顔を見れば。

 見つかったのか、という安堵と同時に不安が周囲に走った。

 歓声が上がったのは、ほんの少し。その姿を見たその瞬間だけだった。

 状況を理解するまでの一瞬。

 あの姿は、まるで。

 周囲に居た者達は、駆け込んでいったその姿を、ただ見ていることしか出来ずにいた。

 その中には軍人だけではなく、街の住人の姿もあった。

 黙ったままの、ウェインの姿もあった。

 言葉も無い。

 今目の前を通り過ぎたのは、他の誰でもないエドワードだった。けれど、まるで知らない人間のように見えた。

 何でこんなに客観的に見えたのだろう。そう思った。

 今までで一番、エドワードが子どもに見えた。

 あいつは確かにまだ、たった15歳だったと。何度か思ったそのことが再び脳裏を過ぎった。

 伸びきらない手足。まだ少年の域を抜けていないあどけなさ。

 彼が弟を大切にしているのは見ていてよくわかった。それは最初のエドワードに対する印象だった。
 
 不要な気遣いはしていなかったけれど、不器用な優しさが垣間見えた。

 ウェインは思わず拳を強く握った。

 今始めて気付くなんて。

 あんな姿を見させられて、はじめてこんなことを改めて強く思うなんて。

 明らかに意識が無いことだけは、わかった。

 切迫した状態から、エドワードの現状が芳しくないのだろうとも推測できる。

 人払いを命ぜられている軍人にその場から離されながらもウェインの視線は、姿の消えた扉に注がれたままだった。

 ウェインの口は、音にならない声ですまない、と動いた。

 だんだんと扉から引き離されるウェインと入れ違うようにして、数人がその場所へと向かっていた。

 白衣がウェインとすれ違う。

 その姿を見て、ウェインはただ頼む、としか言えなかった。ただそれだけしか。

 医者は事態を聞きつけてすぐに現れた。

 医者はすぐにエドワードの心音を確認する。


「確かに……」


 苦渋の声が零れた。

 ファウツは眉をひそめた。

 どんなに耳を凝らしても、心音は聞こえなかった。

 それでも。


「蘇生させるんだ、早く!」


 ロイが怒鳴る。

 そのために、ここまで連れてきたのだから。


「必ず、鋼のは息を吹き返す。必ず!」


 それは、自身に向けた言葉でもあった。

 まだだ。まだ間に合う。今ならまだ。言い聞かせる。そうだ、まだ間に合う。彼は帰ってこられる。

 失えない。

 失ってたまるか。

 目の前で、逝かせてなるものか。

 医者は、ロイの言葉に頷いた。

 まださじを投げるには早すぎる。

 ここにいる全員が、今ここに眠る少年の目覚めを、帰還を待っている。


「部屋をまず、暖めてくれ。ここは寒すぎる」

「部屋を?そんなことなら容易い」


 ストーブでもなんでもいい。燃やすものさえあれば、火種は絶対に無くさない。


「少佐は、湖に落ちていたんだったな」

「…ああ」

「少なくとも三十分以上は……恐らく、一時間近くは、沈んでいたのではないかと」


 ローランドは静かに医者の問に答えた。

 苦しい事実だった。

 あの冷たい水の底で、怪我のせいでまともに動かない左腕と、自由を奪われた右腕を震わせていたのだろうか。

 たったひとりで、薄暗いあの場所に。

 冷たいあの世界に。


「おい、誰か生食持って来い!」


 医者が叫ぶ。


「あんた…マスタング大佐。ここで、湯を沸かせるか?」

「湯?」

「そうだ」

「無論」

「…よし」


 医者は無駄な動きを見せずに動き出す。周囲は何かを指示されなければどうにも動けずに脚を止めたままだ。


「でかい鍋を持ってきてくれ。それで、何とかしてここで湯を沸かしたい」

「分かりました」

「湯を沸かすのなら、何とかそれくらいはします」


 ローランドは静かに答えると、素早く行動に移る。

 大量の火力が必要なわけではない。何とかここで湯を沸かせればいい。


「時間の勝負だ」


 それは、祈りの時間でもあった。

 しかし、祈ってる余裕など誰にも無い。

 医者はエドワードの心臓に呼びかける。手を押し当てて、呼び戻そうと。

 ロイは自分の命を吹き込むように祈るように、息を吹き込んだ。

 臨時のベッドは、心臓マッサージのたびに揺れる。

 ロイは幾度と無く、冷えたエドワードの唇に自らの唇を重ねた。ただひたすら。

 こんなに切羽詰った現状なのに、ロイにはどこか遠いことのようにも思えてならない。

 現実なのに、現実ではないような錯覚。

 錯覚ならばどんなにいいか。

 この悪夢は、現実だ。

 吐息を漏らさない、冷えた唇がその証。

 閉じられた瞳。未だに揺れない睫。

 現実だと思うと、急に視界が暗くなる。

 ロイは雑念を振り払って命の息を吹き込み続けた。

 鍋と、小さめなドラム缶やら薪やらがすぐ用意された。

 多少壁が焦げても、床が焦げても誰も何も言わない。

 今この場において、それが大したことではないと誰もが周知していたからだ。

 すでに半壊のこの司令部だ。そしてその司令部自体、もうすぐ役割を終える。

 とにかく急いで鍋に水を張って、火をかけた。

 医療班は、医者に指示された通りに生理的食塩水と書かれたパックを抱えて戻ってきた。

 生理的食塩水は、約0.9パーセントの食塩水のことだ。

 細胞液、体液、血液と等しい浸透圧を持つ。

 そのパックを、沸き始めた湯に突っ込む。

 一般的な体温程度に暖めてくれ、と医者は言った。

 出来ることを、ただただこなすしかない。

 君の瞼が再び上がることを願うしか。


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